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剣客

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剣客〔けんかく〕
初出掲載誌 『オール讀物』 昭和四十六年三月号
文春文庫 『鬼平犯科帳(六)』
TV 第三シーズン49話『剣客』(91年12月4日放送)
脚本:櫻井康裕
監督:小野田嘉幹

鬼平犯科帳〈6〉 (文春文庫)

鬼平犯科帳〈6〉 (文春文庫)

  • 作者: 池波 正太郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2000/05
  • メディア: 文庫



鬼平犯科帳 第3シリーズ《第1・2話収録》 [DVD]

鬼平犯科帳 第3シリーズ《第1・2話収録》 [DVD]

  • 出版社/メーカー: 松竹ホームビデオ
  • メディア: DVD


〔本のおはなし〕
大川(隅田川)が、中天からの春の日をうけてとろりとしていた

行き交う船の群も、なにか、ゆったりとした感じで川面をすべっている

左手に、その大川をながめつつさしかかった深川・清住町のあたり

町屋と松平陸奥守下屋敷の塀外をすぎようとしたとき、

横道から、これも編笠をかぶり、羽織・袴をつけた侍があらわれ、平蔵たちとすれちがうようにして河岸道を南へ・・・・・・

「忠吾。いま、横道から出て来た男の後をつけろ」

数歩、何気なく足をはこんでから、平蔵が、

「とまるな、歩け。あのさむらいの袖に血がすこしついていた。ついたばかりの血だ」

近くに霊雲院という大きな寺院の門前町もあり、深川から本所へ通ずる大道だけに人通りも多い

早くも人ごみにまぎれようとするくだんの侍の後を、木村忠吾は身を返して追って行った

長谷川平蔵は、松平屋敷の横道へ入って見た

(さわぎが、起った様子もない・・・・・・)

横道に、人影はなかった

「長官(おかしら)ではございませぬか」

平蔵のうしろから、声がかかったのはこのときであった

「や・・・・・・小平次ではないか」

いかにも火付盗賊改方の同心・沢田小平次なのである

「おぬし。今日は非番であったはずだな」

沢田小平次は、大きく張り出た額の下へ深く凹んでしまっているため眉毛と密着したかのように見える切長の両眼を細め、

「松尾先生の御見舞に、まいったのでございます」

と、こたえた

小平次は二十七歳。まだ独身で、老母と二人暮しであった

小野派一刀流の剣士でもある沢田小平次の師匠が、松尾喜兵衛であることは、平蔵も耳にしたいた

二人は横道の奥へ入って行った

前方の小旗本の屋敷の手前が原になってい、雑木がこんもりとしている

その木立の中に、松尾喜兵衛の小さな隠居所があった

沢田小平次が先に立ち、冠木門を入り、玄関から声をかけているのをききながら、長谷川平蔵はあたりに眼をくばった

(たしかに、あの侍の右袖に血がついていた。それもついたばかりの・・・・・・とすれば、この道をぬけて表通りへ出て来たあやつめ、きっと、このあたりで何か仕出かしたのでは?)

であった

そのとき・・・・・

松尾の家の中で、小平次の叫び声が起った

駆け込んで行った長谷川平蔵は、玄関の向こうの小間に、坊主あたまでまっ白な髭をたらした老人を抱きしめ、

「先生が・・・・・・先生が・・・・・・」

あまりの驚愕になすことを知らぬ小平次を見た

老人・・・・・・松尾喜兵衛は、顔の右半面からくびすじへかけて決定的な一撃をうけ、血みどろとなり、すでに息絶えていたのである


その翌日・・・・・・

松尾喜兵衛の遺体は、深川・猿江裏町の重願寺へほうむられた

十八名の旧門人と共に、沢田小平次は葬儀を立派にとりしきった

ところで、女密偵のおまさは相模の彦十と共に通夜から葬儀の日にかけて、大阪屋がさし向けてくれた女中二人と共にいそがしく立ちはたらき、焼香に来る人びとをもてなしたわけだが・・・・・・

棺が出てしまってのち、おまさは彦十へ、

「おじさん、これからあたし、御役宅へ行って長谷川様へ、ぶじすんだことを申しあげてこようとおもうのだけれど・・・・・・」

「あ、まあちゃん。あのねえ・・・・・・」

「え・・・・・・?」

「昨夜(ゆうべ)・・・・・・お通夜のときにさ。沢田さんをはじめ、御門人衆が、亡くなった松尾先生の敵討ちをすると意気ごんでいなすったっけ。あの敵討ちのはなしを長谷川さまのお耳へも入れておいたほうがよくはねえかえ。他の御門人衆はさておき、沢田さんはれっきとした火付盗賊改方の同心だ。うかつにうごかれても長谷川さまががお困りになるだろう。とにかく大(てえ)した意気ごみだったものなあ」

「そうだねえ、とにかく、申しあげておこうか・・・・・・。じゃあ、おじさん。あとをたのみましたよ」

と、おまさが亡き松尾喜兵衛の隠宅を出て、松平屋敷・塀外の横道を河岸の表通りへ出た

この日も、よく晴れていた

おまさは、本所二ツ目の軍鶏鍋や〔五鉄〕へ寄り、着替えをしてから、駕籠で役宅へ向かうつもりでいた

万年橋をわたるとすぐに大川へかかる新大橋のたもとに出る

(あ・・・・・・?)

おまさがはっとして、とっさにしゃがみこみ下駄の鼻緒をすけているようなかたちになった

折から新大橋をわたって来た男の顔に、見おぼえがあったからである

(あの男、たしかに滝尻の定七だ)

であった

(定七が江戸に来ているということは・・・・・・)

とりも直さず、首領の野見の勝平の〔お盗(つとめ)〕が江戸でおこなわれようとしている、と、見てよい

さいわいに定七は、おまさに気づいた様子もなく、万年橋をわたって清住町の方向へ行く。おまさは後をつけた。人通りが多いのは尾行しやすい。

藍玉問屋の大阪屋の表口の左どなりに〔三崎屋〕という蕎麦やがある。定七はここに入った

見とどけるや、おまさはためらうことなく、大阪屋の前をぬけ、横道へ入って、松尾喜兵衛の隠宅へ駆けつけた

「ど、どうしたんだ、まだ出かけなかったのかい」

「それどころじゃあない」

と、おまさが手早く耳うちするのをきいて、彦十も緊張した

「間ちげえは、ねえんだろうな?」

「あたしの眼に狂いはない。とにかく、あたしはあいつに顔を見知られている。だから、おじさんが後をつけておくんなさい」

「よし、わかった」

と・・・・・・

大阪屋の裏手から、飯炊きで市兵衛という大男が、のそのそと表通りへ出て来た

「三崎屋から出て来た男が、大男の飯炊きと立ちばなしをしはじめたぜ」

「あの男が定七だよ」

「あ・・・・・・飯炊きのうすのろが、定七と別れて、横丁へ入って行ったよ」

「定七は?」

「引っ返して行く、万年橋のほうへ・・・・・・・」

「さ、おじさん。しっかりやって下さいよ」

「合点だ」

と、相模の彦十は身を返して、彼方の人ごみに見えかくれしつつ遠ざかって行く定七の尾行にかかった

(どうやら、あいつらは大阪屋さんに押しこみをかけるつもりらしい。あの飯炊きは、野見の一味の引きこみにちがいない)

おまさは仙台堀にかかる上ノ橋を駆けわたり、今川町の駕籠屋へ急いだ。このことを長谷川平蔵の耳へいち早く知らせなくてはならぬ


〔主な登場人物〕
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長谷川平蔵(中村吉右衛門)

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石坂太四郎(中尾彬)

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定七(石橋正次)

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酒井祐助(勝野洋)

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久栄(多岐川裕美)

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天野甚造(御木本伸介)

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木村忠吾(尾美としのり)

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おまさ(梶芽衣子)

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相模の彦十(江戸家猫八)

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おとき(江戸家まねき猫)

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留吉(江幡高志)

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市兵衛(大橋壮多)

松尾喜兵衛(丘路千)


〔盗賊〕
・〔野見の勝平〕:駿河・遠江一帯を荒らしまわっていた盗賊。おまさが勝平のもとで、一年ほど〔引きこみ〕をはたらいていたことがある

・〔殿貝の市兵衛〕:野見一味。深川の大阪屋に飯炊きとして住みこむ


〔商家〕
・大阪屋新助方:深川・清住町の藍玉問屋。松尾喜兵衛が大阪屋の貸家に入り、大阪屋の世話をうけ、老後を養っていた

・大黒屋万之助方:小千住の町で只一件の足袋屋。


〔料理帳・本〕
「忠吾(うさぎ)よ」
と、編笠の中から長谷川平蔵が、これも平蔵同様の編笠・着ながしの同心・木村忠吾へ、
「腹が、へってきたな」
「はっ。それはもう・・・・・・今朝は、また格別にお早く、役宅をお出になったのでございますから・・・・・・」
と、忠吾め、得たりとばかりに生つばをのみ下し、
「万年橋のたもとに、桐屋と申して、ちょいとその、うまい田楽を食べさせます」
「くわしいな」
「は・・・・・・昨年、秋ごろより、深川、本所は私めの受けもちでございまして・・・・・・」
「深川、本所はむかしから、安くてうまいものがある土地(ところ)よ、なあ忠吾」
「は・・・・・・いかさま・・・・・・」
「女も、安くてうまい」
「へ・・・・・・それは、存じませぬことで」
やたらとへどもどする忠吾へ笑いかけつつ、平蔵が松平屋敷と清住町の町屋との間の横道を行きすぎた



〔料理帳・ドラマ〕
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かけそば、定七と市兵衛、三崎屋にて

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久栄特製のにぎりめし、酒井祐助、三崎屋張り込み中

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軍鶏鍋、おまさと彦十が準備中、五鉄にて
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おとき「長谷川さまが後でお見えになるそうです」
彦十「後で?どうしてお引止めしなかったんだよ。こうやって、軍鶏鍋の仕度をしてるっていうのによ」
おまさ「日暮れには、まだ汗ばむ程だっていうのに、おじさん。軍鶏鍋だなんて」
彦十「何も知らねえんだなぁ。今頃の軍鶏がどんなにね、効き目があるかってのをよ」
おとき「何に効くんです?おじさん」
彦十「んっ、そりゃ、お前、たまには奥方さまに立ち向かう力(りき)が」
おまさ「おじさん」
彦十「えっ、あっ、そうか」
おとき「立ち向かう力って何ですか?」
彦十「おめえには、まだ早えよ」


〔ドラマでのアレンジ〕
ドラマでは酒井祐助の仇討ちになってるが、原作では沢田小平次。
軍鶏鍋にまつわるやりとりは原作では平蔵と〔五鉄〕の亭主・三次郎の間でなされる。

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