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妙義の團右衛門

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妙義の團右衛門〔みようぎのだんえもん〕
初出掲載誌 『オール讀物』 昭和五十四年一月号
文春文庫 『鬼平犯科帳(十九)』
TV 第三シーズン55話『妙義の團右衛門』(92年2月12日放送)
脚本:谷口喜羊司
監督:高瀬昌弘

鬼平犯科帳〈19〉 (文春文庫)

鬼平犯科帳〈19〉 (文春文庫)

  • 作者: 池波 正太郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2000/12
  • メディア: 文庫



鬼平犯科帳 第3シリーズ《第7・8話収録》 [DVD]

鬼平犯科帳 第3シリーズ《第7・8話収録》 [DVD]

  • 出版社/メーカー: 松竹ホームビデオ
  • メディア: DVD


〔本のおはなし〕
いかにも、田舎から出て来た江戸見物の老爺(おやじ)と見えたのに、茶代をはらって立ちあがったとき、

「ちょいと、さわってごらん」

耳もとでささやいたかとおもったら、あっとおもう間もなく、その老爺の指先が着物の八ツ口からすべり込んできて、

「あれ、くすぐったい・・・・・・」

女が胸を押さえたときには、老爺の手が素早く引き込められ、

「気が向いたら、神明様の前の弁多津へおいで、五ツごろまで待っていますよ。わしの名は吾作じゃ」

小声で言った老爺は、水茶屋の外へ出て行った

茶屋女のお八重が、そっと、胸もとを探って見ると、まさに一両小判が二枚。当時の二両は庶民一家の暮しが三月は楽に立つほどの金額であった

老爺ながら肥って血色のよい、六尺に近い大男なのだが、木綿の着物・羽織を身につけ、紺足袋に草履という姿(いでたち)なのだ

女坂を下りながら、老爺は、あたかも、お八重が見送りに出たことを予期していたかのように振り向き、にっこりと笑って見せ、手を振った

(それにしても、年を老っているけれど、まるで相撲取りのように大きいじゃないか。あんな大きいのに、のしかかられたら、私の細い躰が粉々になってしまやしないかしら・・・・・・?)

何やら鼻息をあらげて、お八重は二枚の小判をつかみしめた

一方、老爺は女坂を下り切って、総門の手前の大鳥居を潜った

そのとき、老爺は、総門の方を見やって、おどろきとなつかしさが綯(な)い交ざった表情を浮かべた

いましも、総門を入って来た年寄りは、背丈は高いが細身の躰で、これが鳥居の下に立ちどまった田舎老爺を見るや、

「おや、おや・・・・・・お久しゅうございますなあ」

この年寄り、いまは火付盗賊改方の密偵となっている馬蕗の利平治である

「五年・・・・・・いや、六年ぶりかのう。ともかくも、此処では、はなしもできぬ。お前、何ぞ他に用事があんなさるか?」

「いえ、別に、通りかかったので愛宕さまへお詣りをとおもったもので・・・・・・・」
「それなら、此処から拝んでおきなされ。久しぶりじゃ。はなしがしたい。ま、ついて来なされ」

大男の田舎老爺が、先に立って総門を出た。この田舎老爺、水茶屋の女には「吾作」などと、おもいつくままに名乗ったが、実は、

「妙義の團右衛門」

といい、上信二州から越後へかけて、大仕掛けの盗みをはたらく盗賊の首領で、手下の盗賊は三、四十名におよぶはずだ


その日の夜ふけに・・・・・・

清水門外の火盗改方役宅の、長谷川平蔵の居間へ通された馬蕗の利平治が、妙義の團右衛門に出会ったことを、包み隠さずに告げるや、

「よう、申してくれた」

平蔵が軽く頭を下げて、

「お前は、妙義の團右衛門に義理立てをせぬでもよいのかえ?」

利平治は、一瞬の沈黙の後に、

「ございません」

低いが、きっぱりとした声でこたえた

(長谷川さまの御為になることなら、わしゃあ、地獄に落ちてもいい)

この覚悟が、しっかり据わっていたからこそ利平治には、いささかのためらいもなかったのではあるまいか

「では、お前が妙義一味へ加わって、いちいち、知らせてくれるのじゃな」

「はい」

「長谷川さま、いま一つ、大事がございます。この御役宅に、妙義一味の者が潜んでいるのでございますよ」

「まことか?」

先刻、弁多津の二階座敷で、妙義の團右衛門が、

「ところで利平治どん、わしはな、鬼の平蔵の鼻をあかしてやるつもりで、びっくりするようなことをしてあるのじゃ。盗賊改メの役宅にな、こっちの手の者を入れてあるのじゃ」

「おどろきました」

嘘いつわりもなく利平治がこたえると、

「飯炊き男にな、一人、入れてあるのじゃわい」

「役宅の・・・・・・?」

「二年前からのう」

二年前に役宅の下男として雇われている竹造という三十男が、それであった


はなしを前へもどしたい

つまり、芝の神明社・門前の料理屋〔弁多津〕から、馬蕗の利平治が立ち去ったときのことだ

妙義の團右衛門は、利平治を店先まで送って出た

「では、明後日の暮れ六ツに、もう一度、此処へ来ておくれ」

外へ出た利平治を、弁多津の裏口から出て待ちかまえていた中年の商人ふうの男が尾行しはじめた

利平治は、これに、まったく気づかなっかたのである

この男は〔鳥居松の伝吉〕といい、妙義の團右衛門の古い配下であった

馬蕗の利平治は、かつて抜群の嘗役であったけれども、人を尾けたり、人から尾けられたりした経験は、ほとんどないといってよい

それに、妙義の團右衛門が、ふと思いついて配下の者に自分を尾行させようなどとは、おもってもみなかった

それでも充分に気をつけながら、清水門外の役宅へもどったわけだが、これを、鳥居松の伝吉にまんまと突きとめられてしまったのだ

伝吉も、これにはおどろいた

だが、妙義の團右衛門の驚愕は、さらに大きかった

馬蕗の利平治を尾行させたのは、

「お前、いま、どこに住んでいるのじゃ?」

と、自分が尋ねたとき、利平治が一瞬ためらったのちに、弥勒寺前の茶屋の厄介になっているとこたえたのが、微かに團右衛門の胸の底へ引っかかっていたのやも知れぬ

それにしても、だ

まさかに利平治が、盗賊改方の役宅へもどって行こうとは、團右衛門の想像に絶したことであった

「ようも、ようも・・・・・・利平治め、ようも、わしを謀りおったな」

血がのぼって真っ赤になっていた團右衛門の布袋顔が、激怒の極に達して蒼ざめてきた

大きな両眼が爛々と光り、鼻息が鞴(ふいご)のように鳴り、手にした金火箸を二つに折り曲げてしまった。。。


〔主な登場人物〕
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長谷川平蔵(中村吉右衛門)

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妙義の團右衛門(財津一郎)

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高萩の捨五郎(菅原謙次)

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天野甚造(御木本伸介)

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沢田小平次(真田健一郎)

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竹造(うえだ峻)

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松代屋のお峰(桃山みつる)

鳥居松の伝七(江藤漢)
沼田大七(千波丈太郎)


〔盗賊〕
・高窓の久兵衛:馬蕗の利平治が属していた盗賊の首領

・お兼:三倉屋方へ引き込みとして入れてある女賊。盗賊改方に入り込んでいる竹造の女房

・沼田大七:妙義の團右衛門配下の浪人くずれの盗賊


〔商家〕
・三倉屋儀平:浜松町三丁目の蝋燭問屋。〔嘗役〕だった頃の馬蕗の利平治が妙義の團右衛門に絵図面と覚え書を売り渡した

・増田屋久兵衛:上州・高崎城下の銅物商人。妙義の團右衛門の変名

・松島屋:芝の湊町の船宿。妙義一味の盗人宿

・池田屋八郎次方:信濃の善光寺町の呉服問屋。妙義の團右衛門がかねてから引き込みを入れてある

・〔植半〕:弥勒寺門前・お熊婆の茶店の隣の大きな植木屋

・〔網半〕:湊町の船宿・松島屋と道をへだてた筋向いの釣道具屋

・辰兵衛方:浜松町三丁目の蝋燭問屋・三倉屋儀平方の筋向いにある袋物師

・〔芳野〕:池ノ端仲町の出会い茶屋


〔料理帳・本〕
浅草や深川を下賤というのではないが、何とはなしに、軒をつらねる茶店や料理屋にも落ちつきがあって、その中の〔弁多津〕という料理屋は小体な店構えだが、
「冬になると弁多津の、のっぺい汁が恋しくなる」
と、盗賊改方の長官・長谷川平蔵も年に何度かは足を運ぶらしい。
いろいろな野菜に、むしり蒟蒻、五分切りの葱などを、たっぷりの出汁で煮た能平汁は、どこの家でもつくれるものだが、さすがに、これを名物にするだけあって、
「ここの能平汁で酒をのむのは、まったく、たまらぬのう」
と、妙義の團右衛門が、馬蕗の利平治にいった
沢田小平次は、まだ、溜部屋へもどって来ない
「あいつ、飯の御相手までも・・・・・・」
と、くやしそうに呟き、忠吾は豆腐と油揚げを刻み込んだ汁へ箸をつけ、
「おれには、酒がつかない」
と、こぼした


〔料理帳・ドラマ〕
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團右衛門と捨五郎、弁多津にて

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天野と平蔵、弁多津にて

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捨五郎と彦十、五鉄の二階 彦十の部屋

〔ドラマでのアレンジ〕
原作の馬蕗の利平治がドラマでは高萩の捨五郎になっており、『盗賊二筋道』での捨五郎の枇杷の木の杖のエピソードが効果的に使われている。原作での利平治は弁多津からの帰りを尾行され密偵であることがばれるが、ドラマでの捨五郎は役宅には向かわず、五鉄の二階に戻っており、利平治から捨五郎に変わったことにより細部が微妙に異なっている。

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