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雨隠れの鶴吉

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雨隠れの鶴吉〔あまがくれのつるきち〕
初出掲載誌 『オール讀物』 昭和四十九年五月号
文春文庫 『鬼平犯科帳(十一)』
TV 第三シーズン56話『雨隠れの鶴吉』(92年2月19日放送)
脚本:安倍徹郎
監督:小野田嘉幹


鬼平犯科帳〈11〉 (文春文庫)

鬼平犯科帳〈11〉 (文春文庫)

  • 作者: 池波 正太郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2000/08
  • メディア: 文庫



鬼平犯科帳 第3シリーズ《第9・10話収録》 [DVD]

鬼平犯科帳 第3シリーズ《第9・10話収録》 [DVD]

  • 出版社/メーカー: 松竹ホームビデオ
  • メディア: DVD


〔本のおはなし〕
十二年ぶりに、なつかしい江戸へもどって来た鶴吉は、めずらしい人に、久しぶりで出合った

それも二人

この二人は、ともに、江戸をはなれる前の鶴吉しか知っていない

いまの鶴吉は、

「雨隠れ・・・・・・」

と、異名をとった盗賊になりきってしまっている

しかも、女賊のお民を女房にし、夫婦そろって江戸へもどって来た

それは、江戸へ着いて半月目のことであったが・・・・・・鶴吉夫婦は深川八幡へ参詣しての帰るさ、大川(隅田川)へかかる新大橋・東詰に出ている葭簀(よしず)張りの茶店で足をやすめた

茶を運んで来た茶店の老婆が、鶴吉を見て驚愕の声をあげ、

「万屋の、若旦那じゃあございませんか」

見返して、まじまじとながめた鶴吉が、これも「あっ・・・・・・」と、おどろき、

「お前、ばあやかえ?」

「はい、はい。お元でございますよ。ようまあ、おぼえていて下さいました」

「忘れてたまるものか、ほんとうに、これはお元だ。ばあやにちがいない。よくまあ、お前。達者でいてくれたねえ」

鶴吉も、この老婆にだけは頭があがらない

顔もわからぬうちに死なれてしまった実母よりも、乳母のお元は鶴吉にとって、

「まことの母親・・・・・・」

も、同様といってよかった


それから数日たって、清水門外の火盗改方・役宅へ、ふらりと、あの乞食坊主の、井関緑之助がたずねて来た

「平蔵さん、めずらしい男に出合いましたよ」

日に灼けつくした童顔をほころばせ、ふとい鼻をうごめかして盃の酒の香りを嗅ぎながら、井関緑之助が、

「ほれ。万屋の寮(別荘)にいた鶴坊という子供を、お前さんもおぼえていなさるだろう?」

「おお。色の白い、痩せこけた、すばしこい、利かぬ気の子供であったな。乳母につれられて、よく、道場の庭へ来て、おれたちの稽古を飽きもせずにながめていた・・・・・・」

「そう、そう。その乳母の、お元というのが、いま、新大橋のたもとで亭主と一緒に茶店を出している」

「ほう・・・・・・」

「そこへ、鶴吉が来て、十何年ぶりに二人が出合ったという・・・・・・」

「ふうん。緑さんは、その連中と大分に親密だったのかえ?」

「いや、それというのも鶴吉が、私と同じ妾腹だったものでね。まあ、だから、何となく同情をして、あのころには、よく、遊び相手になってやったのですよ」

雨隠れの鶴吉は、万屋のあるじ・源右衛門が、女中のおみつに手をつけて生ませた子だ。おみつは鶴吉を生んだ翌年に急死をした。原因がよくわからぬ。突然、血を吐いて倒れ、そのまま絶命したのだそうな

万屋は、日本橋・室町二丁目にある大きな茶問屋で、源右衛門は養子であった。万屋のひとり娘だったお才との間には、当時、十五年も子が生まれず、そのかわりに、そっと手をつけた女中が男の子を生んだ

これを知ったとき、妻のお才の激怒は凄まじいもので、たまりかねた源右衛門は、おみつと鶴吉を、本所・小梅村の寮へ移したのである

月に一度ほど、きびしい妻の監視の目をかいくぐって本所へあらわれ、おみつと鶴吉に会う源右衛門に、

「ひとごとながら、私ぁ、同情をしたもんですよ」

と、井関緑之助はいった

だから、おみつが変死したのも、万屋の内儀が手をまわし、ひそかに、

「毒をもった・・・・・・」

のではないかとうわさもながれたという

ま、こういうわけで、緑之助は、乳母のお元とさびしく暮している鶴吉を可愛がり、道場の行き帰りには寮へ立ち寄って、玩具(てあそび)を買ってやったり、そのかわり、お元から酒をのませてもらったりしていた。そのことは長谷川平蔵も、おぼえていた

「それでね、平蔵さん。あんたのことを鶴吉にいいますとね、よくおぼえていましたよ。むかし、お前さんに飴玉を買ってもらったことがあるそうだ」

「ふうん・・・・・・そんなこともあったかな」

「あのころの本所の銕が、いまを時めく盗賊改方、鬼の平蔵その人だ、と、こういったら、まあ鶴吉のやつ、目をひんむいて、びっくりしていましたよ。あは、はは・・・・・・」


つぎの日の昼ごろに・・・・・・

雨隠れの鶴吉とお民が滞在している須田町の旅籠・木槌屋へ、お元が、立派な身なりの七十がらみの老人を案内して来た

この老人、万屋源右衛門だったのである

源右衛門が、まだ生きていようとは、夢にもおもわぬ鶴吉であった。お元から、それをきいたときも信じかねたほどだ。十何年前に鶴吉が江戸を発ったとき、源右衛門は重病にかかり、

「とても三月とは、もつまい」

と、医者も見放していたらしい

木槌屋の二階座敷へあらわれた源右衛門は、たちまちに泪ぐみ、鶴吉に両手を合せ、拝むかたちになった

もとより、この父親を恨むところはない

憎らしいのは、本妻のお才である

鶴吉が十六になったとき、もはや、子を生む自信を失ったお才は、他家へ嫁いだ妹の子の庄次郎を養子にし、病床に親しみがちだった源右衛門にことわりもなく、本所の寮にいたお元と鶴吉を追い出してしまった

いくらかの金をもらって、あきらめのよいお元は石原新町へ小さな家を借りて鶴吉と共に移った

しかし、鶴吉はおさまらなかった

いかに妾の子だとはいえ、何故、これほどの屈辱をうけなくてはならぬのか・・・・・・

そのころ、すでに、酒色や博奕の味をおぼえ、逆境に反抗していた鶴吉だけに、しばらくは堪えたが、ついに堪えきれなくなり、万屋へ火を放ったのである

その憎むべき本妻が、

「五年前に、病気で死んじまいましてね、坊ちゃん」

先日、お元の茶店で聞いたとき、鶴吉は夢を見ているような気がしたものだ

しかも、だ

お才が病死する二年前には、万屋の跡をつぐはずだった養子の庄次郎が、これも病死している

こうして、本妻の計画が、つぎつぎに挫折したのに、源右衛門のほうは、そのころから躰が丈夫になり、

(こうなれば、もう、だれに気がねをすることもなく、鶴吉を手もとに引き取ることができるのだがなあ・・・・・・)

そのおもいが、なかったとはいえぬ

お才が死んでから、ふたたび、出入りするようになったお元が、先日、眼の色を変えて駆けつけて来て、鶴吉が女房づれで江戸見物にあらわれたという

しかも、上方で、小さいながらも唐物屋の店をもち、立派にやっているというではないか・・・・・・

「ともかくこうなったら、うちへ来ておくれ、鶴吉。うちへ泊って、ゆっくりと江戸見物をしなさるがいい。ね、そうしておくれ、たのみます。このとおりだよ」

父親に手をつかれ、泪声でたのまれては、鶴吉もこれを無下にことわるわけにもまいらぬ
だが、鶴吉は、お民へこういった

「なあに、心配するな。ほんとうに、二、三日の間だ。江戸もすっかり見てまわったし・・・・・・。おれだって実のところは脛に傷を持つ身だから、長逗留のつもりはさらさらない。出て行くときは置手紙を残し、だまって出てしまおう。それからほれ、お前が一度は行って見たいといっていた熱海の温泉(ゆ)へ行き、のんびり日を送ってから上方へ帰ろうじゃあねえか」


ここ三日ほどは、早くも冬の到来をおもわせるような、冷え冷えとした曇り日がつづいていたのだが、今日は朝から風もなく晴れわたって、夜に入ってもあたたかい

「おい・・・・・・おい、お民・・・・・・」

床へ入って、いったんねむった鶴吉だが、あまりに生あたたかく、すこし寝苦しくなって目ざめたのである

となりの床で、こちらに背を向けているお民を、そっと呼んでみたが、お民は、こたえぬ

鶴吉夫婦が、万屋へ来て二日目の夜であった

「何も、狸寝入りすることはねえだろう」

うしろから手をまわし、お民のえりもとから胸へさし入れた。。。


〔主な登場人物〕
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長谷川平蔵(中村吉右衛門)

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鶴吉(石原良純)

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万屋源右衛門(織本順吉)

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井関録之助(夏八木勲)

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お民(早野ゆかり)

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貝月の音五郎(荘司肇)

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久栄(多岐川裕美)

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沢田小平次(真田健一郎)

竹造(児玉泰次)

〔盗賊〕
・釜抜きの清兵衛:中国すじから上方へかけてを〔盗め場所〕にしている盗賊。鶴吉とお民は清兵衛の配下で、うけもちは〔引き込み〕であった

・貝月の音五郎:お民が釜抜き清兵衛のもとに来る前にいた野槌の弥平一味にいた引き込み、今は稲荷一味の引き込みをしている

・〔稲荷(とうが)の百蔵〕:上州・武州を股にかけて急ぎばたらきをする兇盗


〔商家〕
・吉文字屋三郎助方:京都の綾小路新町西入ルところの金箔押所。この年の秋のはじめに、鶴吉夫婦が釜抜き清兵衛一味の引きこみを、首尾よくつとめ終せた

・坪井屋清兵衛:大阪の伏見町にある唐物屋。釜抜き清兵衛の本拠であり、盗みばたらきをせぬときの清兵衛は何くわぬ顔をして、唐物屋のあるじにおさまっている

・〔木槌屋与八〕方:内神田の須田町一丁目の旅籠。小ぎれいな旅籠で常客が多い。釜抜き清兵衛も江戸へ遊びに来るときは、木槌屋に泊る。だからといって、木槌屋は盗賊一味に何の関わり合いもない

・加賀屋:堀江六軒町の入り堀に懸かる思案橋のたもとにある舟宿。お民と音五郎が話し合うため二階座敷にあがる

・桔梗屋:程ヶ谷の宿場の旅籠。鶴吉夫婦が草鞋をぬいだ

・〔伊豆屋久右衛門〕方:伊豆の国・熱海の温泉の、海岸に近い下町の温泉宿。緑之助と鶴吉夫婦が事件後、ここの内湯につかる


〔料理帳・本〕
この日。雨隠れの鶴吉は、井関緑之助と共に小屋を出て、目黒不動へ参詣し、惣門前の稲葉屋という料理屋へ入った
ここは、筍飯が〔名物〕であるが、いまは、その季節ではない
鶴吉と緑之助は一刻ほど、豆腐の田楽で酒をくみかわし、語り合い、それから白金の通りで別れた
万屋のとなりの、山吹茶漬けというのを売り物にしている三河屋という風雅な料亭の二階座敷を見張り所にし、飯たきの音五郎の挙動を、ひそかに監視した


〔料理帳・ドラマ〕
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とろろ飯、鶴吉の回想、街道の茶店にて

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軍鶏の臓物鍋、おときと緑之助、五鉄にて

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焼き山椒味噌、平蔵と緑之助、役宅にて
久栄「秩父の山奥から届いた山椒味噌でございます。お口に合いますかどうか」
緑之助「こりゃ、こりゃ、うん、うめえ」
平蔵「この焼きたての香りがなんともたまらぬのだ。おうい、どんどんやってくれ」
緑之助「いやあ、こいつはうめえ」


〔ドラマでのアレンジ〕
鶴吉に万屋源右衛門を引き合わせるのは原作ではお元だが、ドラマでは井関緑之助になっている

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