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熱海みやげの宝物

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盗賊の世界でいう〔嘗役(なめやく)〕とは、一味の押し込みに関係なく、ひとり、諸国の町や村をめぐり歩き、自分が所属する盗賊一味の盗めに適当な商家や民家を探しまわる、これが役目だ
その語源についてはよくわからぬが、ひとむかし前の仕組が大きい盗賊たちは、かならず嘗役の一人や二人を抱えていたものだそうな

熱海みやげの宝物〔あたみみやげのたからもの〕
初出掲載誌 『オール讀物』 昭和五十年七月号
文春文庫 『鬼平犯科帳(十三)』
TV 第ニシーズン47話『熱海みやげの宝物』(91年3月27日放送)
脚本:野上龍雄
監督:高瀬昌弘

鬼平犯科帳〈13〉 (文春文庫)

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  • 作者: 池波 正太郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2000/09
  • メディア: 文庫



鬼平犯科帳 第2シリーズ 熱海みやげの宝物スペシャル [DVD]

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  • 出版社/メーカー: 松竹ホームビデオ
  • メディア: DVD


〔本のおはなし〕
その日も、日暮れ前に、長谷川平蔵は手ぬぐいをさげ、宿の内湯へ下りて行った

いつもなら宿を出て、本湯へ入りに行くのだが、今朝から雨が降りしきっているので、おもいとどまったのである

平蔵夫婦と相模の彦十におまさ、それに小者の弁吉の一行が、豆州・熱海の温泉へ来てから、もう一月に近くなっていた

将軍ひざもとの大江戸で火付盗賊改方・長官をつとめ、四百石の旗本である長谷川平蔵宣以ならば、当然、熱海の本陣〔今井半太夫〕方へ泊まるべきであったが、そこは平蔵らしく、身分も名も隠し、

「江戸の、日本橋・檜物町に住む儒者で、木村忠右衛門一行」

というふれこみにし、本陣から海辺の方へ、坂道を少し下った北側にある〔次郎兵衛の湯〕に泊っていた

あと数日で、師走(陰暦十二月)へ入ろうというのに、熱海の暖かさは格別のものだ、此処で年を越してもよいと、おもったこともあったほどだが、体力が回復するにつれて、寒風が吹きつのる江戸の冬が、なつかしくさえおもえてくるのだ

底に大きな石を敷きつめてある三坪ほどの浴槽へ、樋の口から温泉が絶間もなくそそぎこまれ、あふれ出ている

天井の高い浴舎には、平蔵ひとりきりであったが、

「もし・・・・・・長谷川さま・・・・・・」

湯けむりの向こうから、低い、しわがれた声がした、

「おお、彦十か、入って来い」

「ごめんを・・・・・・」

裸になった相模の彦十が、湯けむりを割って、浴槽の縁へあらわれたとき、

「どうした、何か、あったのか?」

と、平蔵が尋(き)いた

早くも、いまの彦十の声の調子がいつもと変わっていることに気づいていたのである

「それが、長谷川さま・・・・・」

肋骨(あばらぼね)の浮いた、渋紙のような肌をした老体を隅に沈めながら、彦十が、

「むかし、上方の、高窓の久兵衛お頭のところで、嘗役をしていた利平治というのが二人連れで、この宿屋へ入(へえ)って来ましたよ」

と、ささやいた

「嘗役の利平治に、もうひとり、連れがあるというのが気になる。おまさには、いったのか?」

「いえ、まだ・・・・・・」

湯けむりが、ゆらいだ

それから間もなく・・・・・・

当の利平治が浴舎へあらわれたとき、すでに、平蔵と彦十の姿は消えていたのである


利平治には、

「馬蕗(うまぶき)」

という異名がある

馬蕗とは、古いむかしの言葉で、牛蒡(ごぼう)の別名だという、「ねえ、うめえことをいうじゃごぜえませんか。なんとなく風流で、いかにも牛蒡くせえや」

と、相模の彦十が平蔵にいった

長谷川平蔵は、浴舎から出て、長い渡り廊下を自分が泊っている部屋へもどって行く馬蕗の利平治を、物蔭から見とどけ、

(なるほど・・・・・・)

と、おもった

顔や姿の、何も彼も、細くて長いのである

平蔵は、利平治の姿が渡り廊下の向こうに消えるのを見とどけ、別棟になっている奥の客座敷へもどった

夕餉の膳がならんでい、彦十・おまさに弁吉までも顔をそろえている。夕餉のときには、こうして、みなが共に食事をすることになってい、小者の弁吉などは恐縮しきっていた

夕餉が終わって、弁吉が先へ引き取り、つぎに、おまさと彦十が出て行った。三人は小廊下をへだてた別の小間を二部屋つかっている

小廊下を出たとき、彦十がおまさに何かささやいた

おまさの顔が、緊張した

「な・・・・・・江戸へ着くまでは、奥方さまにいわぬがいいぜ、心配をなすってはいけねえからな」

「わかりましたよ、おじさん」

「帰ったら、すぐに手配をたのむ」

「よござんす」


そのころ・・・・・・

馬蕗の利平治は、連れの男と、まだ酒をのんでいる

連れは、色白の、でっぷりと肥えた、おとなしそうな三十男で、利平治同様、どこから見ても堅気の商人(あきんど)であった

この男も、利平治と同じ高窓一味の盗賊で、もっぱら引き込み役をつとめている横川の庄八だ

「お前さんと、こうして、いっしょに旅をするようになってから、どれほどになるかね?」

と、利平治がいった

「さようで・・・・・・もう三月になりますよ」

「すると、高窓の久兵衛お頭が卒中で亡くなってから、半年になる・・・・・・」

「さようで」

「七十を越えて、あの世へ旅立ちなすったのだから、まあ贅沢はいえないが・・・・・せめて、若いお頭の病気がよくなるまで、生きていてもらいたかったねえ」

「まったく・・・・・・」

「お頭が亡くなんなすったとき、私は旅に出ていたし、どうすることもできなかった。それが、残念でたまらないよ、庄八どん」

「私どもでは、どうすることもできませんでした。ですから、お前さんを探して、一時も早く、このことをお知らせしなくてはとおもいましてね・・・・・・」

「うむ、庄八どんが、たしか、大黒屋という旅籠に泊っていて、二階から街道を見おろしているときに、私が通りかかった。あのとき私は、足をのばして、草津まで行くつもりだったのだよ」

「そのまま、京へお入んなすったら、とんでもねえことになりました。あいつらは、お前さんが京へもどるのを、手ぐすね引いて待ち構えていやがったのですからねえ」

「お前さんのおかげだ。恩に着ますよ」

「何をいいなさる」

「何処かで病んでいなさる若いお頭を探し出し、一日も早く、高窓の一家を束ねてもらわぬことには、どうにもならない」

「さようで・・・・・・」

「その上、私は、あいつらに、つけねらわれているのだから、たまったものではない」

「いのちがけで、お前さんの身をまもらせていただきますよ」

「たのむよ庄八どん・・・・・・ああ、すこし、酔ったようだ」

この、二人の会話の後半を、相模の彦十は縁の下へもぐっていて聞いた。もっとも跡切れ跡切れにではあったが・・・・・・

さいわいに、雨音が彦十の気配を消してくれた

しばらくして、馬蕗の利平治は寝床に入り、たちまちにねむりこんだ

それを見すまして、横川の庄八が手ぬぐいをさげ、部屋を出た

庄八が浴舎へ入ったとき、彦十の姿は縁の下から消えている

浴舎には、だれもいない

庄八は肥体を温泉に沈めた

そのとき、浴舎の戸が開き、男が一人入って来た

男も庄八も、しばらく黙っていたが、やがて、男が、

「庄八どん、どうだね?」

ささやいた

「まだ、わからねえよ」

「どうして・・・・・・どうしてだ。わからねえはずがねえじゃねえか」

「それがわからねえ。利平治のやつ、おれを頼り切っていて、今日も、おれを座敷へ残し、ひとりで、ここの湯へ入った。その隙に念を入れて利平治の荷物を探って見たが、どこにも見当たらねえのだ」

「三月もかかって、何をしているのだ?」

「なあ、富造。高橋の旦那につたえてくれ、どうも利平治は、一件の物を身につけてはいねえようだ、とね」

「それじゃあ、何処に隠してあるのだ?」

「それがわかれば、苦労をしねえよ。高橋の旦那は?」

「小田原にいなさるよ」

「え・・・・・・京にいなさるのではなかったのか?」

「旦那も待ちきれなくなったのだろうよ。なにしろ、利平治爺つぁんの一件物は大したものらしい。高橋の旦那でなくとも、お盗めする者なら、だれでも涎をながして欲しがるだろうよ。先ず、安く見つもっても、五百両が相馬の宝物だ」

「ちげえねえ」

「よし・・・・・・ともかく、お前の言葉を高橋の旦那へつたえておこう」

「たのむ。それにもう一つ、行方知れずの若いお頭の居所がわかれば、利平治をおびきよせることができる。利平治は、そのとき、一件物を若いお頭へゆずりわたすつもりだぜ」

「よし、わかった」

雨の音が、いつしか消えている。。。


〔主な登場人物〕

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長谷川平蔵(中村吉右衛門)

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馬蕗の利平次(いかりや長介)

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相模の彦十(江戸家猫八)

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おまさ(梶芽衣子)

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久栄(多岐川裕美)

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高橋九十郎(伊藤敏八)

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横川の庄八(鶴田忍)

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長助(小島三児)

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板垣軍次郎(堀田真三)

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小沼の富造(高峰圭二)

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次郎吉(日高久)

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赤井助右衛門(早崎文司)

与惣松(広瀬義宣)
念仏(伴勇太郎)


〔盗賊〕
・高橋九十郎:越前・福井の浪人あがりの盗賊。高窓の久兵衛の「軍師」などといわれた。四十前後の年配で、五年ほど前から久兵衛の手もとにいたが、一度盗めに参加した際、盗金の運搬から、押し込むまでの手配り、盗賊たちの配置・分担などを九兵衛の代わりに指揮して、みごとに成功し、久兵衛の信頼を得た。九兵衛亡き後、上方在住の配下二十八名を、わが手に引き入れた


〔商家〕
・伊豆屋:小沼の富造が泊まっていた豆州・熱海の旅籠

・扇屋:日本橋の石町三丁目にある宿屋。高窓の二代目・久太郎がいると思われた

・桔梗屋:利平治と平蔵が泊まった大磯の旅籠

・常陸屋権右衛門方:久栄とおまさ、弁吉の一行が泊まった藤沢の旅籠


〔料理帳・本〕
麦飯に大根の味噌汁。鰈の切身を味濃く煮つけたものを、
「うまい、うまい」
と、平蔵は二度もおかわりをし、飯を三杯も食べてしまってから、
「われながら、おどろいたな」
あきれ顔になったのを見て、利平治が、おもわず吹き出した



〔料理帳・ドラマ〕

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鮑の酢貝、平蔵、熱海の旅館で注文
亭主「いつぞやのお話の目黒不動尊前の料理屋、何とかいいましたな」
平蔵「伊勢虎か?」
亭主「おうおう、それそれ。そこの亭主が自慢したのと、これと比べていかがでございます」
平蔵「これならな、勝るとも劣らねえ」
亭主「あ~やれやれ。やっと安心いたしました。浅利や蜆ならともかく、鮑まで江戸前がいいと言われたら、この熱海の名が泣きます、はい。じゃあ、夜のお膳にはこれを」
平蔵「おっ、頼んだ。おめえな、酢貝だぞ、酢貝。塩でよく揉んで、酢で洗い、盛りつけたところへ、酢をさっとかける。そこにおろしわさびを添え、鮑の喰い方はこれに限るわな。思っただけで涎がたれてきた」

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鰈の煮付け、平蔵一行、小田原に向かう途中の茶店で
平蔵「居候ならそっと出すところだがな、もう一膳、いや、な、実に鰈の煮付けがうめえ」

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握り飯、探索の一行、山中で
猫殿の講釈「握り飯はおむすびとも言うが、これはな、関東と上方では形が違う。どう違うかと言うと、上方のは俵型で黒ごまをまぶすが、江戸では丸めた三角で塩で握る。どちらも美味い。美味いと言えばな、米の美味さがしみじみとわかるのが、この握り飯だ。いやぁ、全くもって、ありがたいもんだ。まぶす材料を変えただけで、様々に変化する。いい女がそうだな。ほんのちょっと化粧を変えただけで、まるで別人のように変わる。おむすびは、つまりいい女だ。味噌、塩、醤油、胡麻はもとより、海苔、ちりめんじゃこ、昆布、たらこ、沢庵、わさび漬け、、、」


〔ドラマでのアレンジ〕
小田原藩の役人と平蔵を探しに来た佐嶋忠介一行のエピソードはドラマオリジナル。また、原作では二代目高窓の久太郎は扇屋の女あるじ・お峰のむすめ、お幸と夫婦同然の暮らしをしており、盗賊から足を洗っていた。さらに、実はお峰と馬蕗の利平治が出来ていたというくだりがあるが、ドラマでは描かれていない。


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